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『真宗の信心』一楽典次
一 要るものと要らんもの
無意識の人間形成
智慧に依る
一大事の報恩講
要るものと要らんもの
このあたりを見ますと寺町の方の寺と違いまして、真宗のお寺がおありのようでございますね。先ほど大奥様にお聞きして改めて感銘をしたんですけれども、天保年間ですかにこの本堂が建てられたんだと。それで随分傷みが激しくて今回、大修復をなさったということをお聞きいたしました。その当時(天保の大飢饉で藩民は大変困窮していた)にこれ程の本堂が建てられたということは大変なことだったと思います。よくよくの凄い皆さんの力を感じるとともに遺弟(ゆいてい)の念力という事を思うわけです。皆さんの信仰の力が経済の力となって現れたという事であります。この頃はなかなかそうでないですね。経済の力は経済の力としてありますけれども、必ずしも信仰の力が伴っておるともいえないような面も感じることがあります。こんなことをいうと皆さんご門徒の方々、何をいってるかと。信心あればこそ沢山の寄付をしたんだとおっしゃることでしょうけれども、それはそれで間違いありません。まったくそういう意味では、皆さんの寺に対する心の深さということが形に表れたところが、この大事業であったとつくずく思っております。先程から折角参ったんだから、この勤行(ごんぎょう)のご縁にも会わせていただこうと思ってお参りをしておったんであります。
最初にご住職が表白(ひょうはく)仏前の佛徳讚歎(ぶっとくさんだん)のお敬いの言葉、ご挨拶といってもいいですね、それを申しておられました。これは報恩講の場合は第三代覚如(かくにょ)という方が報恩講私記(ほうおんこうしき)という表白文の元の形をきちんとおつくりになって、それをこの日中のお参りには唱えるというかお読みするんでありますけれども、その言葉かと思ってお聞きしておったんですけれど、まったく新しいご住職の心を表された願いの言葉を述べられまして、私は大変感銘しました。やはり現代において報恩講という事も非常に言葉だけになってしまいまして、ああ報恩講さんかという事になりまして、その心が随分変質というか、薄くなったというか、本質が失われてきております。
今日は、私なりに一瞬も我が心から離れたことがないというような心持ちを込めまして、「浄土真宗の信心」について、お互いの確かめ、お互いの確認というほどの心持ちを込めて題を出さして戴いたわけです。話しはきちんとそんなまとまって判で押したようにいくとは思いません。その時にも申しました皆さんのお聞き下さる皆さんのお顔を見ながらの事になりますから、そういう意味では一つの対話です。
一方的に話して聞いていただくのが法話、講話、説教という事の大事な性格かも知れませんけれども、私は私が戴きましたご縁の中で,まず自分自身の心に落ち着いて、そうだなあと、これに依って自分自身も生きていかれるなあというような心持でおる世界、それは決して一方的に話を聞かせるとか、教えるというような到底そんな世界ではない、ただそこにお互いが話し合いをさせて戴く対話という事がございます。対話という心持ちを基本にしながら、一席のご縁を持たせて戴こうとこう思うております。
先程紹介の中でありましたように,寺川俊昭先生とか、その前には広瀬杲先生が大谷大学の学長をされていましたが、大体私と同じ年頃であります。寺川先生とは、まったくの同年でありますが、先生は学校は東大でありましたから、学生時代は一緒ではありません卒業されてから京都へこられまして、東大では明治の時代における宗門(しゅうもん)改革の事業に命を呈されました清沢満之(きよさわまんし)について研究されました。大谷大学の初代の学長でもありますけれども、その清沢先生の研究を、宗教社会学という分野で選ばれて、論文を書いて、東大を卒業したわけです。ところが東京大学でいくらそれをやってても、いい面もありますけれども、何かが不足であった。ですから京都の本拠ヘ行って、その事をより一層極めさせて貰おうと、京都へこられた。当時の教化研究所の方へ入られたはずです。私はもう同じ年ですから大谷大学の方を卒業しておりまして、しかも病気をしておりまして生きるか死ぬか。明日にでも死ぬであろうと、いわれた事があったんですでも命ながらえて、予定の倍以上生きてしまいましたわ。その中ですれ違いのような形で、病院へ入院したり、そのまま寺の住職を受け持つという生活に入っておりました。その当時清沢先生の弟子として、清沢満之精神の継承者として、この石川県に非常に縁の深い暁烏敏という方がありました。暁烏先生が亡くなってから、年月が経ちまして、明達寺はかつて程の活気が感じられません。私が学生時代にあそこへお尋ねした時には、日本中からたくさんの人たちが先生の明達寺へ集まられていました。その結果として、非常に親鸞聖人の念仏の精神というものが広く伝播(でんぱ)されました。大きな力でした。清沢先生を我が師として戴いて、今でも松任の明達寺ヘ行きますと臘扇堂(ろうせんどう)というお堂があります。清沢満之先生は最後に臘扇という号を自分の名前にされたんであります。お聞きの方はご存知の事でしょうけれど、臘扇というのは冬の扇という意味ですわ。臘月の扇おわかりですね、今晩のテレビ番組、「元禄繚乱」(げんりょくりょうん)あの真中のスター大石蔵之助は、昼行灯(ひるあんどん)といわれましたね。何にもいらんもん、おってもさっぱり間にあわん、おってもおらんでも間にあわんと、おっても間に合わんと,いうようなことを誰が言うたんかね。自分から言うたわけではないでしょうね。ところが清沢満之先生は臘扇というのを自ら名乗られたんです。冬の扇(うちわ)など全くいらんもんや。いらんどころの騒ぎでない、邪魔になるやろうね。そういううものがこの私の存在やと。
自分の精神世界の発表ですね。甲斐性があるとか、世の中で働きがあるとか、そういうような事ではないです。皆さんの心の中には今何が有りますか。何が有りますかとあらためて聞かんでもいいことです。わしゃおりゃこそと思うとる。皆んな、幾つ何十になっても、仏法の世界にはない事ですけれども、世間ではあることですね。もう要らんものだ。要るものと要らんもの、何を標準にしていうか。基準はいわずもがな、決まってるようなものですが、要るものと要らんもの、善いものと悪いものとを二つに分かれさしておりますけれども、だからそういう意味で今、清沢先生の臘扇と名乗られた意味は重大です。
我々の邪見(じゃけん)の心はどこまでも幾つ何十になって、どんなに要らんものやといわれても、やっぱりわしゃおりゃこそと、わしほど偉いもんはないというものが中心のところに頑固におりましてね。それを抱えたまま、面倒な娑婆を作って生きておるわけです。
無意識の人間形成
そういう人間の我執(がしゅう)、我痴(がち)、我見(がけん)、こういう言葉で仏法が我々の心状を教えておりますから、お知らせします。我痴、我見、我慢(がまん)、我愛(があい)、これが中心になって我、私どもは自己とか、我身(わがみ)、私とかいうておりますけれども、そこには必ずこの痴、見、慢、愛というものが根底にあるわけであります。ちょっと難しいことをいいますが、我々はこころを意識ともいうでしょう。意識の底にあるものは無意識の世界というけれども、無意識の世界は単なる無意識じゃないんです。そこには深層の意識の世界があります。この頃は、深層意識の世界といいます。皆さんのお顔をみていますと、こんなことをわざわざ書かなくてももう十分に心得ておってくださるような感じがしますけれども、あえて書かせてもらいます。 これは我々が通常ものを聞いて考えその意識したものをまとめて、発表してるわけでしよう。いわゆる意識の世界ですけれども、仏教では意識は第六意識といいまして、第八意識までいわれます。仏教の世界は人間の普通は意識せんような意識の世界、それを心理学などでは、深層意識というようです。これが思いもよらんような形で現れてくる。人格というのはどこかこの辺で、一つ本当のものが形成されておるわけでしょう。表面には表れてきませんから判りませんけれども実はこのことが最も中心の深いものであって、ここの処の世界が闇か光か。明るい安らかなものに成るか、それとも不安な、今いわれてるような形の状態になっているということになれば、これは非常に人間生活としては辛い、悲しい、暗いものになります。社会もそうであります。その深層意識について、第六意識の下にあるものですから、第七といいます。仏教では末那識(まなしき)という名前がついております。末那識と。これはいわゆる我意識です。これをきちんと分析したときに、こういうふうに、働きを伴っておりますから、第七意識、しかし第七意識というけれども,更に難しい字を書きましたけれども元は印度語です。漢訳しまして漢字を当てて、このようにいっております。さらにその根底にあるもの、、根本の識です。根本識というようないい方もしておりますけれども、阿梨耶識(ありゃしき)、阿梨耶というのは蔵という字です。蔵識というふうに、言いあらわされ、翻訳久されております。蔵識、深層意識とはそこまでいくのです。
その根本識が仏の教えに依って、明るい安らかなものに転換される場合に、これは智慧になるというわけで、識を転じて智慧を得ると、転識得智(てんじきとくち)という言葉でこの世界をいい表されてあります。時間も考えずにこんなことを話しはじめて、その点は誠に下手な話でご勘弁願わなければなりません。ついそこに話が及んでしまったものですから、これもご縁と思いますから申し上げさして貰います。
智慧に依る
先程いいました、意識ですね。意識が転じられてくると、妙観察(みょうかんさつ)の智恵となる。それから前にいった我意識ですね。人間にとっての病、人間の精神の病気の根本みたいなものです。その我意識が転じられれば、これは平等を証する智恵、人間平等ということをいいますが平等という世界は、本当に身に証される智恵、もう仏という世界はそういう世界ですね。仏になる世界はね、こういうようなことを少し細やかに時間をかけてお話をするだけで、仏教の世界は限りない導きを次々と与えておって下さいます。それで、根本識の阿梨耶識は、どういうふうにいい表されるかと言いますと大圓鏡智(だいえんきょうち)、大いなる円満成就、丸いはただの円ではないですね。そこには欠けめの無い鏡の如すべてをありのままに写し出して、そしてそこに曇りがない。いい言葉でしょう。そういう智恵というものが得られてくる。知恵を得るんですから、親鸞聖人は、教えをいろいろ聞いても、識に依ってはならない。智恵に依りなさいといわれる。法に依りて法を依りどころとせよ。人を依りどころにするな。法に依りて人に依らざれ、智に依りて識に依らざれ、智を依りどころにして識にはたよるな。意識というものは結局は人間の濁った世界の中で、その濁りに条件づけられて、ますます限りなく濁っていくのです。
私も七〇年生きて参りますと、本当に一つ、しみじみと胸の底に頷かずにはおれないような響き、皆さんもご縁を受けてお聞きのことでしょう。「煩悩具足の凡夫(ぼんのうぐそくのぼんぶ) 、火宅無常(かたくむじょう)の世界はよろずのことみなもって、そらごと、たわごとまことあることなし」と歎異鈔(たんにしょう・親鸞の弟子唯円の著)にあります。歎異鈔の一つの眼(まなこ)というてもいいような場所にこの言葉が述べられております。火宅無常の世界において、よろずの事一切万物すべて、そらごと、たわごと、まことあることなしと、何か人間のいうてる事、成してる事、それがこれ程までに、いわゆる偽(いつわり)のベールに覆われておる。この頃社会の話題になっております、介護保険。現代におけるそれは老人社会の問題でもあります。そういった事と関連して私達は現実社会のうちに、何とか幸せな平安な世界をつくりたい、それを願ってそれを工夫しておるわけです。その努力の反面にどんなに深く人間の我性というものでそれが曇っておるか、その曇りの為によかれと思ってしたことがみんな次々と背かれてゆきます。当てにしておったことが全て外れていくというのは、そこにやはり人間の我性の曇りというものの然らしめる影響がありまして、一言でいいますと、「そらごと、たわごと、誠有ることなし真実という事が一つも手に入ってこない。なんとも悲しい事ばかりが、むしろ次々続いていくという深い人間への傷み、悲しみというものが述べられております。だからといってもう単なる絶望かというとそうでもない。そういう中からも少しも絶望しなくてもよい大きな道しるべ、よりどころとして念仏の教えを説かれた阿弥陀仏の言葉が南無阿弥陀仏であります。南無阿弥陀仏という言葉の元に真実の平安と真実の光というものが、ここに仏教の根源として初めから与えられておる、知らされておる。そのことを最後の処で頷かれまして、「ただ念仏のみぞまことにておわします」と、「よろずのこと、みなもつて、そらごとたわごと、まことあること」なしということを通して、念仏のみぞまことにておわしますというておられる。智に依りて識に依らざれ、法に依りて人に依らざれ、特にに智慧という事があります。まだ他におっしゃってありますけれどこの場智慧が大事な事であります。智に依りなさいと。人間の識というものを依りどころにしてはならないとされた仏教の根本的世界がございます。今浄土真宗という名乗りを親鸞聖人が特に掲げられました心について申し上げなければと思っているのですが真実信心という浄土真宗の信心とはなにか。どこへいっても信仰とか信心といいます。どの宗教もですね。しかしその信心とはどういう内容の信心であるのか、信仰心があるとさえいえば、それであの人は、結構な人だと。ついにあの人は無信仰だから駄目だと。信仰心を持ってる。信仰心だけは失いませんいえば、ああそれは結構な事やと、こういえればよいのですけれども、どうも最近はそれも危なくなって来ましたね。いわゆる信仰心を持ってるばっかりにかえって大変な害毒、迷惑というものが世の中で現実のものとなってきております。
いうまでもなく皆さんもうおわかりでしょう、そういう中で今の時代からいえば、親鸞なんて年月からいえば八百年も前ですからね。いや長い歴史からいえば人類の歴史とか、この頃地球の歴史までいうわけですから、そんなのに比べれば千年や二千年はもう僅かだといえばそれまでですけれど、しかし私どもは現実百年の命を持て余して生きておるわけです。いや持て余しておらん。お陰様で楽しんでおるとおっしゃる方もいるかも知れません。お陰様で楽しんでおる。幸せやというて見ても、それならその幸せが本当に貫いて、最後の最後まで貫かれるような楽しみと幸せというものを今生きておるのかと。こうなるとその先にまっているもの、それを思うとたまらない、寝たきりになったらどうしようとか。私らは経済にうとい人間ですからなんですけれど、この経済不安を思った時に、少しばかりの将来を思うだけでとてもじゃないけれど、いてもたってもおられないという。消し飛んでしまうような、そして限られた命。いくら長生きというて見ても、百年の命で有ります。その百年の命が結局は苦労してくたびれて終わるという。そういうところに何か決着が待ち受けておるようなことになるとすれば、これはまことに哀れな事であります。
蓮如上人はきついことをおっしゃっておりますね。これもお陰様で、皆さん北陸の人ですからいくら縁が薄くなったというけれども、あの白骨のお文(はっこっのおふみ)というやつは中々いやでも耳に入ってきます。お通夜にお参りになってね。縁者のお亡くなりになったご縁にあわれますと、蓮如上人の白骨のお文といわれるお言葉にあうご縁があると思います。ただ白骨のみぞのこれり。「たれか百年の形体(ぎょうたい)をたもつべきや。されば朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨(はっこっ)となれる身なり。」もうどんな時代が来ようとどこへ行こうと、世界中どこへ行こうと変わり様もない。人間が人間として、生まれて生きている限り、避ける事が出来ない根本の重大問題であります。その根本問題を「後生の一大事」というて下さっております。後生(ごしょう)どころか、今生(こんじょう)の一大事ですよ。
まったく今、ここに足元にかかえておる。実は背負うておる、横たわっておる一大事やと。考えて見ると、我々の心の中でそれにたまたま気が付いて、はてなと人生というものを考えて、はてなというふうに目を凝らしてみた時に、そろそろと浮かび上がってくるものは哀れなもんやなと。何やかんやといろいろ喜んでもみたり、威張ってもみたりしたけれども、締めくくってみると何かこう哀れなものやなというふうな感じが非常に大きく忍び寄って来ますね。
しかしそれに対しても蓮如上人は、一言もの凄い事をおっしゃる。「ただ白骨のみぞのこれり。あはれというも中々(なかなか)おろかなり。」あわれとというも中々おろかなり、このおろかはあの愚か者のおろかじゃないです。おわかりでしょうけれども、「あわれ」とはこんなもんじゃない。結局こんなもんかなというておってもそんな事をいうた位では済む問題ではありませんよと。哀れだなどというて済ましておける問題じゃありませんよ。こういうふうな強い導きであり、戒めでありますね。そういった事を思います時に、どんな中にありましても一つ道が開けていく、限りなき光と、限りなき命を戴いていく世界、言葉は南無阿弥陀仏というお念仏、南無阿弥陀仏というたったこれだけの言葉でありますけれども、その言葉の中に込められた、大きな深い歴史と心の世界の広大さ大きさですね。そういったものがこの親鸞聖人によって見事にその真実を現してくださっておるといううことです。見事にその真実を現して下さった。そういう事に目覚める信心をこそ信心といい信仰心ともいう。だから親鸞聖人は特に信心について何時でも真実の信心。浄土真宗という事につきましても、決してただの宗派というふうな形や枠の中で、これを考えておられたわけではありません。
一大事の報恩講
仏教の真実の要。法要という言を今日はこのお参りの行事の中心に掲げられておりますが、その法要は、その意味では、真宗におきましては如来大悲の恩徳を報ずるということにつきます。報恩のお講と、報恩講というお言葉は、そういう意味で仏事が如来の恩に報いる。その如来の教えというものを、その導きを私に与えて下さった師匠、善知識ご恩、その一番代表的なのは親鸞聖人でありますから、親鸞聖人のご恩を感じてご恩を報ずるという、その事こそが真実の報の営みであるという事で、真宗の法要は報恩講という事に尽きる。報恩講こそが最大の行事である。
こうして親鸞聖人亡き後、特に蓮如上人以来五百年であります。報恩講という事を中心にして、この事を最大の勤めとし、行事として伝えてまいっております。今日私はそのご縁を戴きながら思うた事は、しかしいわゆる報恩講さんだけが報恩講じゃない。彼岸についても、普通は春の彼岸、秋の彼岸と、その時だけを彼岸参りとして非常に大事にします。彼岸法要というのは、しかしこれも有り難い事には、親鸞聖人の言葉を戴いて見ますと彼岸の日だけが彼岸でない。毎日が到彼岸(とうひがん)だと。毎日が彼岸に向かって歩いておる。ですからそういう意味では平生業成(へいぜいごうじょう)という言葉もあります。蓮如さんは平生業成の宗旨というような事でおっしゃっております。その心というものがやはり命だなと。特別な行事の時だけが行事でない、何時でもが、毎日が報恩の、報恩講の営みである。講というのは、講義、講座の講ですから、お講を結ぶという。講座、講義という言葉が使われるのは、やはり教えを聞かせて戴く、教えを聞くという事がなければ我々の心は絶対に開けてくる事はない。
結ばれておるものが解ける事がない、仏というのはそういう意味で恨みやら、不安やら、愚痴やらに固く固く結ばれておった我々の心が、その結び目が解けるのです、解ける事やと、仏とはほどける事やというような事を説明がてらにいうて下さった事を思い出されます。話があっちこっち飛び歩き、締めくくられないままに終わらなければならない時間を迎えましたけれども、そんなわけで清沢先生の事を又、それを受けられました加賀の三羽烏といわれたような方々、暁烏敏、高光大船、藤原鉄乗といった方々から我々は教えを聞く、非常に身近な善知識(ぜんちしき)、我々からいえば案内人というてもいいでしょうね。水先案内をして下さった方々のお陰がここにやはり響いておるわけでございます。そういうご縁の中でそのお心の一端でもお互いに確かめさせて戴ければなあと思って参上致したわけでございます。真実信心、それは不安だから信ずるんじゃないんだ。不安の信心じゃないのですから真宗の信心、それは一言でいえば安心(あんじん)という言葉でいわれます。安心、安心と書きます、しかし安心といえば我々が何んかほっとしたと、嫌な事がなくなってほっとしたというような状態だけを幻想しますがそんな話じゃない。安心といってそれこそ四六時中二四時間を通じて心の根本の処に安らぎ、安らかさというものが、確定する、確かに定められる。そういう世界が、人生の真っ只中に得られてくる世界を真宗において、真実の信心と。こう仰ぐのであると、親鸞聖人はいいきって下さっております。次々とはみ出してしまいまして、つい早口で喋ってお聞き苦しい処も多々あったかと思います。顔合せの午前のご縁はこれだけにさせて戴きます。どうも有難うございました。



